XXI
失敗の効用

外山滋比古著



 著者が新聞や雑誌に書いたものをまとめたエッセー集である。朝日新聞の書評とこれがみすず書房の本であることから、買い求めた。後書きに、この本は、「人の行く裏に道あり花の山」という心で書いた文と説明されている。常識でもない、逆説でもない、半逆説の立場であるという。
 
 読みやすい本である。一つのエッセーが短い。長くて3頁、大半は2頁に収まっている。
 心の安まる本である。失敗も大事、時が解決してくれる、ゆっくり急げ。色々な言葉が出てくる。
 かつて、無駄学(西成活裕著 新潮選書)という本を読んだことがある。無駄の効用という意味かと思ったら、無駄をなくせという本であった。作業の効率化という観点からの本で、人生を議論するには向かない本であった。

 この中で、「転がる石にこけは生えない」ということわざの話が書かれている。 こけが生えることがいいことなのは、イギリス風。良くないことなのは、米国風、である。少し前に、式辞の原稿を考えていて、この言葉を使おうとして調べたところ、自分の理解(米国風)が必ずしもオリジナルの意味でないことを知って、使うのをやめた経緯がある。日本の国家は、こけがむすのはいいことであるという立場に立つ。しかし、変わることが必要で、変わることはいいことであるという立場からいうと、苔が生えるのはいいことではない。
 「情けは人のためならず」は2つの意味があるのではなく、誤用されているのだろうが、こけの話は、時代とともに、場所とともに言葉の意味が変わってくる典型であろう。Rolling Stonesとはしゃれた名前をつけたものだ。

 「子、伸び鈍る一貫教育」というエッセーがある。中学・高校の一貫教育制度では、その後の伸びが止まるという。刺激が必要であるというのが論理である。変わることの刺激ということであろうか。「子供は同じところに長く置くと成長が鈍る。時々環境を変える必要がある。ちょうど同じ畑で作物を栽培すると連作障害を起こすようなものだ。」とある。植物の専門の立場からいうと、連作障害にこの例が適当なものかどうかは疑問があるが、面白いたとえである。いつも私は、大学院に入るときは、大学を変えるべきであると主張している(それは本学の基本戦略でもある)が、同じことなのであろうか。

 「求敵主義」として、不潔であるとか、外部の刺激が健康を守るという意味の事も書かれている。町も清浄過ぎるのは正常ではないという。風俗営業や飲み屋やパチンコ屋もない町では自殺率が高かったという。「清潔主義がいけないとわかり、普通のマチにかわり、マチは普通になった」という。そして、「我々は敵を恐れ、憎むが、敵のいないのはたいへん危険だということに気づかない。しっかり生きるには強敵が必要である。」とまとめている。敵という言葉は強すぎるが、相対立するものとの緊張感は、常に必要であろう。

 一気に読むことも出来るし、拾い読みをすることも出来る。それもこの本の特徴であろう。「ぼんやりの時間」(辰農和男著 岩波新書)とあわせて、久しぶりにゆったりする本を読んだ。

学長 磯貝 彰

※ 書評中の身分・表現は当時のものです。