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生命の跳躍:進化の10大発明

ニック・レーン著, 斉藤隆央訳



 すばらしい本である。前著の「ミトコンドリアが進化を決めた」(斉藤隆央訳、 みすず書房)の話も面白かったが、本書はそれに勝る。進化論というのは、なかなか実験で証明できないものである。しかし、本書があげているように、生命の誕生から、それぞれの進化のキーステップを通じて今の地球上の生き物がいる個々の過程については、色々な実験や検証が可能である。著者は本書で進化の十大発明として、生命の誕生、DNA、光合成、複雑な細胞、有性生殖、運動、視覚、温血性、意識、死をとり上げている。そして、それらの過程に関する膨大な研究の結果(最新のものも含め)やこれまでの議論を集大成する形で、あり得そうなこと、あり得そうもないと思えることを含め、議論が整理され、紹介されている。それも羅列的に書かれているのではなく、著者の頭の中で整理され、読者と議論できるような形で書かれている。それぞれの章の詳細を紹介することは出来ないが、中には、意識というこれからの科学の主題になるであろう事にもふれられている。そして、最後は死の問題で、細胞の死、個体の死、死と生殖、生殖と老化の話がつぎつぎと出てくる。そして、老化を防ぐ方法はあるという。 
 巻末には参考となる書籍について、コメント付きでまとめられている。こうした本は珍しい。その中のいくつかは私も読んだことがある。
 本書は、イギリスの王立協会によって、2010年の科学書賞に選ばれているとのこと、それも頷ける話である。生命科学を学ぶものが、絶対に読んでおくべき一冊であるように思う。私は、自分が専門としてきた有性生殖のところを興味深く読んだ。有性生殖の目的や意義は未だに論争のあるところであるが、本書からあらためて多くの事を教えられた。その点では、学生諸君だけではなく、一線の研究者にも薦められる。但し、訳はこなれていて難しい文章は出てこないものの、議論が多岐にわたるため、一度で全部を理解することはできそうもない。本来手元に置いて、時々、考えながら再読するのがいい本である。私も本来なら手元に置いておきたいところではあるが、あまりにいい本なので、学生諸君に紹介するため手放すことにした。自分の分はまたあらためて買うことにする。図書館でこの本を借りる諸君も、長くは自分のところにはおかず、多くの人が見られるようにして欲しい。自分で買い、手元に置けばもっといいとは思う。
 みすず書房の本は精選されていると、あらためて感じさせられた。いま、書籍が売れない時代であるという。しかし、その結果として、近未来にこうした優れた本が出版できなくなってくるようなことがあるすれば、それは、文化の退廃であろう。これは出版の形態が電子図書か紙の図書かという問題ではない。本という、文化を伝え保存するもの自体のことなのである。私達にも本を守る責任はあるのであろう。 
 

学長 磯貝 彰

※ 書評中の身分・表現は当時のものです。