XXII
希望とは自分が変わること

養老孟司著



 本書は、著者が季刊雑誌の「考える人」に連載したものをまとめたもので、全3冊の第1巻である。著者の本は、唯脳論、都市主義の限界、人間科学、又、あの有名なバカの壁などを読んできた。その中で、人は変わるもの、あることを知る前と知ったあとでは同じ個体でも、もう同じ人ではない、などという考え方を知り、目から鱗であったことを覚えている。著者の本は必ずしも読みやすいとはいえない。分からない者は分からないでもいいと切って捨てるところがあるからである。それでもなお読んでみたいと思うのは、やはり魅力があるからであろう。本書も「考える人」にふさわしい、読みながら考えなければいけない本である。
 
 本書のサブタイトルの「希望とは自分が変わること」については、本書の最後エッセー「個人主義とは何か」の中に具体的に書かれている。「人は変わる。それが学ぶということだ」と学生達にもいってきたとか。その上で、「約束は言葉であり、言葉は情報だから変化しない。変化する人を変化しない情報に結びつける事こそが約束あるいは契約なのである。そうした約束を守る徳目によって社会は保たれてきた」、さらに、「人として変わりつつある中で個体としては変わらない、それが人としてのシステムである」。そして、「教育の本質は人を変えることである」、「希望とは、世界が変わるのではない。自分が変わるのである」と著者はいう。 
 こうした人が変わることと教育、あるいは学ぶ事について著者が書いてきたことは、私もこれまで学生達への話の中で紹介してきたことである。その上で私は、変わることを恐れてはいけない、あるいは、変わっていくことを決意することが学ぶ心である、といってきた。それでないと、著者のいうように、人が単なる情報になってしまう。そのためには、外の情報を単に取り入れるのではなく、自分で考え、結果として自分を変えないといけないと思う。
 いま(2011.3.6現在)、入試問題を試験実施中にインターネット掲示板へ投稿し解答を求めた事件について、色々な議論がある。外の情報と自分の知識を混同して、変わっていく自分を理解しないという風潮がその根源にあるとすれば、著者の警告や主張はもっと、特に若い人に理解されないといけない。著者はいう「『人が変わる』、それを理解しない文明を、情報化社会とかつて私は定義した」。

 そのほか、「ただの人」、「エリートとはなにか」など養老流に示唆に富む話が盛りだくさんである。次の、Ⅱ,Ⅲ卷も買うことになろう。

学長 磯貝 彰

※ 書評中の身分・表現は当時のものです。