XXXVI
老化の進化論 : 小さなメトセラが寿命観を変える 私のような年齢の人間ばかりではなく、ヒトは誰も、老化や寿命というものに興味を持つであろう。老化は防げるのか、寿命は延ばせるのか。こうした問題に、ショウジョウバエを使って進化論的にアプローチし、この分野の第一人者となった著者の研究と研究者としての歴史が書かれている。 著者が大学院でこの問題を博士課程研究の課題とするまでの話も興味深い。生涯の研究テーマにどのようにして出会うことになったのか。また、当然、それ以降の研究の発展の過程は、本人でなければ書けないものばかりである。しかも著者は、本書を専門書としてではなく、一般の人にも読んでもらえるように書いたといっている。 著者は「自然選択の力」を使った進化論的なアプローチでショウジョウバエの寿命を延ばすことに成功した。こうしたショウジョウバエでの研究の延長上に、私たちがもっとも興味を持つヒトの寿命を延ばせるかという問題と、それはどうすれば可能かということについて述べている。老化は一つの原因がもたらす病気とは全く異なる生命のプロセスであり、それには多くの因子がかかわっているという。ゲノムの時代、新たな方法でそれらを制御することが将来可能になるかもしれないと、かなり楽観的に述べている。しかし、この点に関して訳者は「訳者あとがき」の中で、以下のように述べている。 「長い明日(現代のlong tomorrow)はかならずやってくる」という彼の楽観的な展望をそのままバラ色の未来として受け止めていいのかどうかは、悩ましいところです。たとえば、老化の克服が実際に可能になったとき、いわゆる「もてる者」と「もたざる者」との格差は計り知れないものになってしまうのではないでしょうか。この件についてはおおいに議論の余地があるということは心しておくべきではないかと思います。 このように、読者はそれぞれが自分のこととして、科学することの目的は何かを考えなければいけないことを本書は示している。特に現代が科学の光と影が問われる時代であるだけに。 私は、若い人たちには、科学の物語と歴史(story とhistory)を読んで欲しいといってきた。その中には、当然、科学者の物語と歴史も入るべきであろう。その観点でこれまでに紹介してきた本もいくつかはあるはずである。本書はその意味で、単に生物学の啓蒙書であるにとどまらず、科学者はどんなことを考えつつ科学者に育っていくのかを、科学者になろうとする若い人たちに示す極めて優れた本である。熟読して欲しいと思っている。 学長 磯貝 彰 ※ 書評中の身分・表現は当時のものです。 |