XXXV
生きのびるための科学 池内さんの本は、「科学者心得帳」をすでに推薦書として図書館においている。また、その内容の一部は、M1学生への講義の中で紹介してきた。 池内さんはもともと宇宙論が専門の物理学者であったが、最近は、科学・技術・社会論に軸足を移して、科学者の立場から、社会と科学あるいは科学技術の問題について多くの意見を発信している、ある意味でのサイエンスコミュニケータでもある。 本書はこうした池内さんの科学・技術に関する最近の小論をまとめたものである。特に本書は、3.11以降のいろいろな問題、また、核とエネルギーなどについて、多くの発言をまとめている。緊急的に書かれたものもあるのだろう、その考え方の動きや流れも、そこに見ることが出来る。原発問題、エネルギー問題は、私たちそれぞれが自分の生活スタイルも含め、自分の問題として。自分で考え方かたを整理しなければいけない時代である。その点で、一つのまとまった考え方として、参考になるものである。 さらに本書では、複雑系科学に関わるいろいろな現象、例えば地球温暖化のような問題に関する意見や見解をどう見るべきかという一つの視点を示している。原因と結果が直線的な科学ばかりをやっている私たちにしてみれば、こうした複雑な問題にどう対処するかは大きな課題であろう。 また、本書では、「科学は文化である」という視点からの多くの発言も載せられている。著者は、基礎科学としての、知を増やすための、一見役に立たない科学の振興が重要であると主張している。その意味で、著者は、科学と技術は別のものであるといっている。それは、著者の専門宇宙論であったということだけではなく、科学に対する現在の社会や政府の期待と評価への心配を示しているのであろう。 こうした本を読むたびに、科学者の社会的責任ということを考えさせられる。著者は科学の効用にもともと二面性があることを承知しつつ、悪の面については、科学者自らがそうした活用をさせないよう、努力すべきだとしている。原子のエネルギーを解放して、原爆を作る事を可能にしてきた物理学者の流れにある人・科学者としての決意であろう。 一つ一つの論は、長いものではない。読みやすいものであるので、どこから読んでも大丈夫である。学生諸君には、一度読んで欲しいものである。 学長 磯貝 彰 ※ 書評中の身分・表現は当時のものです。 |