XIV
情報を読む力、学問する心

長尾 真 著


 京都の老舗出版社であるミネルバ書房では、シリーズ「自伝」my life my wordを発刊し、若人たちに、先端研究者の人生を紹介しようとする試みを始めた。たいへんすばらしい企画であると思う。その第1巻は、生物学者の毛利秀雄氏の「生物学の夢を追い求めて」で、この本は、読み終わった後、アメリカで生物学の研究している息子のところに送ってしまった。今回紹介する長尾真氏のものはその第3巻である。
 長尾氏は、現在、国立国会図書館長で、元京大総長でもある、たいへん著名な方である。本学の創設準備委員会にも関わってこられた。長尾氏は、情報学、あるいは情報科学という学問分野を作り上げてきた人で、機械語翻訳などの分野の開拓者でもある。本学の研究分野にもたいへん関わりがあり、情報科学研究科でその名前を知らない学生はいないであろう。従って、本書は長尾氏の自伝である、というだけで紹介は十分なのだが、あえて、内容について少しふれておく。
 長尾氏は本書の「はじめに」で以下のように述べている。「学問・研究を何のためにするのかを自分に問わない研究者はいないだろう。昔の学問は人格を陶冶するためのものという考え方が非常に強かった。今日の研究にはそういった観点がほとんど欠けているのは大きな問題である。無限に拡大する欲望を抑えることが出来るかどうかが問題となる。やれば出来ることでもやらない方が良いというのは、学問の本来的な、あるいは本質的なところと関係しているだろう。21世紀の学問・研究はそういった考え方をもう一度見直すベキところに来ているのではないだろうか。」長尾氏は神職の子として生まれ、神と言うものを意識して生きてきたという。そして、長尾氏は最後の章で、20世紀は科学技術の時代、21世紀は情の時代であると述べている。つまり、論理の時代から、心や文化の時代になるだろうと予想している。こうした長尾氏の子供の時からの心の動きが本書には書かれている。学問をつくりあげるとは、研究とは、教育とは、また、学術行政とは、そして、私の信条など。
 若い諸君が、これからの人生を考えるとき、こうした優れた先輩達が、その時々で何を考えてきたかを知ることは、きわめて有意義であろう。 また、このミネルバ書房のこれからのシリーズが楽しみでもある。

学長 磯貝 彰

※ 書評中の身分・表現は当時のものです。