XII
光るクラゲ : 蛍光タンパク質開発物語

ヴィンセント・ピエリボン, デヴィッド・F・グルーバー著


 今、日経新聞に、ノーベル賞受賞者、下村脩博士の自伝が連載されている。本書は、それと重なる部分もあるが、下村先生の話も含め、蛍光タンパク質(GFP)にまつわる世界に広がる科学者群像の物語である。本書が、2005年というノーベル賞受賞(2008年)以前に書かれたものであることは注目に値する。前半では、下村先生の活躍を中心に、後半では、その遺伝子を生物学に活用したチャルフィー博士、チェン博士を中心に、広範な視点から物語が語られている。この3博士がノーベル賞を受賞した事は良く知られている。
 この本から何を読み取るか、読者の立場によって変わるかもしれない。下村先生は、まさに基礎科学の立場から、自らが興味を持つ現象を化学の目で解明することに全力を挙げた。一方、この遺伝子が、生物学にきわめて大きなインパクトを与えるであろう事を予感して、その活用技術の展開に努力し、大きな成功をおさめたチャルフィー、チェン両博士。どちらの科学、科学技術を自分の立場として、研究を行っていこうとするのか、人それぞれであろう。
 下村先生は、東京での受賞記念講演で、「天の導くままに」というタイトルで話をされた。先生にとって「天」とは何かという質問に、「自分にとって、天とは自然である」と答えられている。いま、生物学の世界でも、情報(ゲノム情報など)からの研究が大きな部分を占めてきているが、実は、自然の現象をベースにした研究は、これからも重要であることを、本書は示しているように見える。
 本書には、中程に、光る生物の写真が数多く載せられていて楽しい。一方、GFPの遺伝子をクローニングし、チャルフィー、チェン両博士に無償で供与したプラッシャー博士は、今、バスの運転手をしているという話は、アメリカの競争社会の実態を示しているものとしても、身につまされる話ではある。
 最後に、本書では、GFPの今後の展開として「脳」をターゲットにした話題を紹介している。今後、この物語には続きがありそうである。 (2010.7.14)

学長 磯貝 彰

※ 書評中の身分・表現は当時のものです。