XI
人間にとって科学とは何か

村上陽一郎著


 本書のまえがきに、1999年の「世界科学者会議」で提出された宣誓書「科学と科学的知識の使用」の内容が紹介されている。そこでは科学の定義として以下の4つの位相があげられている。

1.知識の進歩のための科学
2.平和実現のための科学
3.持続的発展のための科学
4.社会のための、そして社会の中の科学

 私達は、何のために科学を研究しているのだろう。本書は、特に1と4の位相について、それぞれの立場を紹介しつつ、問題点を示してくれている。たぶん講演速記録をベースに書かれた本書は読みやすく、しかも、示唆に富む内容がおおい。 そのなかで、「科学的合理性と社会的合理性」という考え方が示されている。科学の成果を活用しようとするとき、科学的に正しいから社会に受け入れられる、とは限らない。社会的な許容のためには、科学者も社会の一員として議論に加わるべきであるという。科学が社会生活の基盤となりつつある中で、重要な視点でもあろう。
 日本では、組織的な科学研究は、ヨーロッパの哲学に由来する科学とは出自が異なり、技術を導入するための科学という色彩が強い。日本の大学由来も同じことで、明治の時代の殖産興業のための大学という色合いが強いことが特徴である。いま世の中の風潮は、役に立つ科学という視点が強調されている。しかし、大学というものの役割を考えたとき、そうした風潮がいいとは、単純には言えない。
 自分は何のために科学を行うのか、それぞれの学生諸君がそれぞれの立場で考えつつ、科学者への道を歩んで欲しい。そのための参考となる本である。一読を勧める。  

学長 磯貝 彰

※ 書評中の身分・表現は当時のものです。