XVIII
はやぶさ : 不死身の探査機と宇宙研の物語

吉田 武著


 この本は、日本の宇宙科学の快挙である「はやぶさ」とその舞台となった宇宙研の記念碑的なサイエンス・ノンフィクションである。新書には珍しく、横書きであり、短い文章の続く記述は、緊迫感、臨場感を高める。
 本書は3部構成で、第1部は、糸川英夫博士の、ペンシル型ロケットから始まる。敗戦日本の中で、独立復興後、新にロケットの開発を試みた物語が圧巻的な力で語られる。
 ロケット開発の物語は、ペンシルロケットから、カッパーロケットへ続き、世界のロケット開発に参入していく過程が語られる。それは、日本の大型開発研究の歴史でもある。日本のロケット開発は、やがて政治の世界に巻き込まれ、糸川博士はロケット開発の表舞台から引退していく。著者はそれを惜しむ。
 第2部では、1970.2.11の人工衛星「おおすみ」の物語から始まる。「はやぶさ」への計画は1985年東京大学宇宙研内部で、「小惑星サンプルリターン研究会」として始まった。理学は、真理の探究、工学は善の実現、芸術は美の表現。宇宙研は、理と工の融合であるという。ロケット技術、衛星技術についても、細かく語られる。2003年5月9日、ミュー・ファイブロケット5号機打ち上げ、70秒後衛星「MUSES-C」分離。そしてこの衛星は、小惑星探索機「はやぶさ」となり、小惑星「1998SF36」を目指した。この小惑星は、発見者の理解の元「イトカワ」と名付けられた。言わずもがなではあるが、糸川英夫博士にちなんだ名前である。
 第3部では、はやぶさのイトカワ着陸の物語である。第2部でのはやぶさの打ち上げから、第3部のイトカワ着陸、また、その後の離陸と地球帰還へのプロセス、交信の中断と再開の過程については、日にちを追って、詳細な報告をしている。特に、イトカワ着陸以降は、「はやぶさの一番長い日」として、時間を追った記録となっている。著者の後書きによれば、それは、公開されていたはやぶさの記録を中心にまとめたものであるとのことだが、その記述は緊迫感あふれるものである。
 その中で、宇宙研の研究スタイルが、万能の個人を期待せず、「集団によって万能」という信念に基づくものであり、また、Mission-Oriented Learning and Education (MOLE) の典型例であるはやぶさの記録をここにとどめ、若者に伝えたいという、著者の思いも良く伝わる。所々に、記録以外に、基礎研究や科学研究に関する著者の考え方や、日本のシステムについての鋭い指摘も書かれている。
 本書の第1刷は、2006年11月の日付であり、はやぶさはまだ地球への帰還の途中にあった。緒言も、2006年10月7日となっているが、エピローグでは、2010年6月にオーストラリアのウーメラ沙漠で、はやぶさから切り離されたカプセルが回収された事が記載されており、第4刷(2010.7月15日付け)では、この部分が追加されたのであろう。
 久し振りに緊張感のある本を読んだ。新書の割にはボリュームのある本で、途中ではなかなか止められない。

学長 磯貝 彰

※ 書評中の身分・表現は当時のものです。