II
石ひとすじ : 歴史の石を動かす

左野勝司著


 イースター島のモアイ像を知っている人は多いであろう。海に向かって立つ巨大な石像群。多くは、倒れたままであった。あの像を立てた男として、佐野勝司氏は、一般には知られるようになった。今は、アンコール・トム遺跡の修復作業に関わっている。
 本書は、佐野氏の石工としての成長と活躍の過程を、その交友録を含めて書いたものである。佐野氏の活躍は、他にも、明日香の石像物の復元や石舞台の再現実験、また、最近では高松塚古墳の石棺の解体作業など、奈良での活躍が光る。
 この本には、石工としての、夢や、責任感、人とのつながりが、生き生きと書かれている。中でも、タダノというクレーン会社のまさにただ者ではない、佐野氏へのサポートぶりは、痛快としかいいようがない。人は何をもって生きるのか、何をもって存在感を示すのか。また、企業というものの社会活動とはどんなものなのか、そんなことを改めて感じさせる本である。
 実はこの本は、この正月、奈良の伝統工芸の奈良漆器を伝える職人である樽井禧酔さんのところを尋ねた折に、樽井さんからいただいたものである。樽井さんは、特に螺鈿漆器の名手であり、その作品の美しさは、正倉院御物を思わせるものである。佐野勝司さんは、しばしば樽井さんのところを訪れ、色々な話をしていくという。この本も年末に来られて置いていったものだという。同じ職人同士、ウマが合うのであろう。私達サイエンスの最先端にいる人間も、立場は違っても、夢を追うことにおいては同じことであろう。夢の実現は一人ではできない。そのための人のつながりをどう作っていくかが、それぞれの課題である。この本が私の手元にあることも、今回は、人のつながりの結果である。読み出したら、途中止まることなく読了することになろう。

学長 磯貝 彰

※ 書評中の身分・表現は当時のものです。