☆地球最後の日のための種子☆
Susan Dworkin著, 中里 京子訳


 話は、コムギの黒さび病から始まる。1998年アフリカに発生したこの病気は、Ug99と呼ばれることになり、世界のコムギを全滅させる可能性が予測された。それを防ぐには、コムギやその近遠種の遺伝資源から、抵抗性のある品種を探しだし、それを活用する以外にはない。この頃、メキシコに本拠を置く国際トウモロコシ・コムギ改良センターを(CIMMYT)を率いていたのが、ベント・スコウマン(Bent Skovmand)というデンマークの科学者である。本書はこの病気を防ぐための品種探しを舞台回しにして展開され、このスコウマンとその仲間が、いかに、作物の種子の世界的な保存システムを作り上げたかの記録を書き上げる。
 スコウマンの言葉に、「もし種が消えたら、食べ物が消える。そして君もね」というものがある。人類は、植物資源を採取して生きてきた時代は、まさに生物多様性に守られていた。しかし、人類が、農耕を始め、それを産業としての集約的な農業に発展させていく中で、食糧増産を図ってきたなかで、生物多様性は減少してきた。一方、病害虫による侵蝕、また環境変化や、世界の動きの中で、単一栽培されている作物が絶滅に瀕したとき、最後に頼るものは、再び生物多様性(遺伝子資源の多様性)である。これまでにも、コムギ、トウモロコシ、パイナップル、ジャガイモなど、その栽培が危機に瀕し、歴史を変えてきた例は知られている。こうした意識に基づくと、遺伝資源を保存するジーンバンクの構想は必須となる。問題は、誰がそれをつくり、また、どう運営するかである。
 スコウマンは、世界的レベルのジーンバンクの設立のために、努力した研究者である。スコウマンの意識では、こうした人類共通の資産は公開が前提である。このことについて、ジーンバンクは農業における公立図書館であると、本書はいっている。しかし、一方、企業などは遺伝子資源の私有化を図り、企業秘密をまもるため、世界的なジーンバンクへの興味を示さないものも多い。また、今、生物多様性条約第10回締結国会議の議題の一つである、開発途上国と先進国との間の、資源の利用とその利益分配に関わる立場の違いもある。このような難しい問題を抱えながら、実践家として、まさに本書の日本語題にある、「地球最後の日のための種子」を保存するため、スコウマンは活躍し、その結果として、2008年2月北極圏(ノールウエイ スヴァールバル諸島)の永久凍土の地下に200万を超える穀物種子の貯蔵施設が建造された。地球に災厄が襲って農業が壊滅しても、世界が立ち上がれるように。  「タイム」誌はかつて、シーンバンカーとしてのスコウマンを「人々の日々の生活にとって、ほとんどの国家元首より重要な人物である」と評したという。本書の原題は、「The Viking in the Wheat Field」、こうした人材をまた、私達の世代は作っていかないといけない。
 日本は、農業技術大国である。このジーンバンクの設立に、スコウマンとともに、二人の日本人が深く関わっていたことを知って、とてもうれしかったことを追記しておく。その二人は今も現役で働いている。一人は、田場佑俊氏で、メキシコのCIMMYTの「トウモロコシ生殖細胞質バンク」の長であり、もう一人は、農業食品産業技術研究機構・作物研究所長の岩永勝氏である。

 生物多様性を考えるとき、単にその言葉を、無目的的に考えるのではなく、人類にとって重要な、農業との関わりにおいて考える必要がある。そのためには、読んでおきたい一冊である。

学長 磯貝 彰

※ 書評中の身分・表現は当時のものです。